2008年06月15日

最後の映画解説者、水野晴郎逝く

 今の時代、数々の情報雑誌は出ているし、毎日のように映画をはじめとしたエンタメ情報を流す番組が引きも切らず放送されているし、さらにはウェブやメルマガなどもあり、映画の内容やみどころを知るのは手軽になった。

 しかし淀川長治さんが日曜洋画劇場の解説を任された当時は、映画をテレビで放映する習慣が少なく、ましてや洋画を吹き替えで放映すること自体が初めての試みだったから、是が非でも映画のおもしろさを伝える伝道師が必要とされた時代だった。

 そのため淀川さんをパイオニアとして、次々と名解説者と言われる人たちが生まれた。小森和子しかり荻昌弘しかり水野晴郎しかりだ。そしてみなさん次々と鬼籍に入られた。水野さんが昭和の最後の解説者だろう。最近の映画番組を見ると、もう映画解説者を必要としてはいないように思える。ゴールデンで放映される映画は、一、二年前の話題作か、または記憶に新しいヒット作に限られる。あえて解説するまでもない。

 そのことを自覚していたからだろうか、解説者としてはお呼びでなくなった水野さんは映画への愛を別な形でつらぬく道を選んだ。映画監督の道だ。「シベリア超特急」が、たとえ「一部の映画ファンには人気があった(朝日コム)」などと余計な事を書かれようとも、そこに込められた映画の達人ならではの愛情は、どのシーンにも遍在していたと言っていい。

 正直、水曜ロードショーの水野さんの解説になにか特別な印象を持った事はない。それくらい、「いやあ、映画って本当にいいもんですね」というセリフの印象が強すぎた。それさえ聞ければ、もう誰もが満足してしまう感じだった。淀川さんのような「嫌いな映画は褒めどころを変える」という芸当はなく、とにかく人柄で映画を語っていた。

 水野さんの解説で唯一いまでも引っかかっているのは「刑事コロンボ」シリーズの時の工夫だ。NHKの海外ドラマとして長きにわたって放映された「コロンボ」シリーズは、NHKが放映権を放棄した後に日本テレビで放映された。「コロンボ」というと欠かさず見ていた僕は、水曜ロードショーの放映も楽しみに見た。

 すでに国民的ヒーローだったコロンボの解説は、もっぱら「うちのカミさんがね」と言いながら姿を見せない奥さんのことや、「もうひとついいですか」とダラダラと犯人にまとわりつくコロンボの戦術の面白さをなぞることで、視聴者と楽しさを共有する親しみやすい解説だった。しかし自身が米国の警察事情に詳しいため、最後に「コロンボの犯人の追いつめ方は法律的に有効か」という、甚だ無粋なことを持ち出していた。

 確かに犯人を引っ掛けて自白させるコロンボのテクニックは、裁判では認められそうにない。「でも、まあいいじゃあありませんか」と自分で自分の無粋さを取りなして終わる解説に、「だったら言うなよ」と毎回ツッコミを入れていた。また水野さんが解説したら突っ込むんだろうな、きっと。だけど毎度のお約束がもう聞けないとなると、今となっては懐かしい。
 
 解説者になる前は、20世紀フォックス映画、日本ユナイト映画などの映画会社を渡り歩いた。「史上最大の作戦」「夕陽のガンマン」「真夜中のカーボーイ」は、彼が邦題を付けた。〈名邦題〉と持ち上げることなど無用だろう。作品あってのタイトルだ。作品の面白さが伝わる分かりやすい邦題を付けるのは、昔の映画会社の人間なら当たり前の芸当だったはずだ。当時は、分かりやすくてビビビっとしびれるような煽りが効いたタイトルが好まれた。強いて言えば、素朴な言葉で映画のカッコよさを持ち上げようとする映画人の熱意が伝わってくるな。

 さようなら、水野晴郎さん。

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posted by アスラン at 02:23| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記(電車でカフェ気分) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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