2008年06月13日

宝島 スティーヴンスン(2008/5/26読了)

 子供のときに読んでおいた方がよかったと思える本がある。よく聞く話だ。作家のエッセイなどでもそう書いているのをよく見かける。たとえばケストナーの「飛ぶ教室」などはそうらしい。〈そうらしい〉というのは読んでないからだ。僕の読書歴などずいぶん幼稚なもので、広く浅くをモットーにいろいろなジャンルの本をつまみ食いしてきた結果、肝心の小説に関してはかなり偏っている。東西の名作と言われている小説の多くをいまだに読んでない。

 だから、子供の頃に読んでおいた方がよい、と言われるとショックが大きい。そんなことがあるものか、いつ読んでもおもしろい小説はおもしろいはずだと強がりを言いたくなる。一生に読める本は限られているから、本との出逢いはいくつになっても重要で、一期一会の殊勝な気持ちをいだいてしかるべきものだ。たとえば僕にとっては「トムソーヤーの冒険」と「ハックルベリー・フィンの冒険」に若き日に出会えたのは幸せだったが、きっと今読んだ方がもっともっと楽しめる予感がある。死ぬまぎわに「飛ぶ教室」を読んで、少年少女のように感動してもいいではないか。僕は「子供の頃に読んでおくべきだ」とか「大人になってから読むべきだ」とかなどという言葉は信用しない。出逢った時が、その人にとっての〈旬〉なのだ。

 そして、スティーヴンスンの「宝島」もそういう巡り合わせになった。光文社古典文庫の新訳という目につきやすい本になって、ようやく触手がのびた。「宝島」は海賊とか宝探しの物語の原型となるような典型的な物語だ。元々は著者が結婚相手の連れ子に読み聞かすために思いついた物語をまとめて出版したものだ。

 ちょっと意外だったのは、古典にありがちな分厚い小説ではないということだ。確かに子供向けを意図して書かれているとは言え、バーネットの「秘密の花園」のように結構なページ数になるものだってある。帆船しか海を渡る手段がない時代に、人も寄りつかない孤島に隠された海賊の財宝を探しに行く物語は、さぞかし波瀾万丈な長い物語なのだろうという憶断があった。

 長くない物語だということも意外だったが、島に着くなり宝探しゲームの展開があるのかと思ったら一向に宝探しが始まらないというのも肩すかしだった。結局、宝を求めて海賊たちと先を争う物語は最後までやってこない。「宝島」は〈宝探し〉の物語ではないのだ。ではなにが書かれているか。海賊だ。それが少年の目から描かれている。そこにこそ、この作品の魅力が凝縮している。

 話は少年の両親が営んでいる宿泊兼食事処である宿屋から始まる。イギリスには伝統的にパブやレストランと旅籠の役目をあわせ持った「〜亭」と名付けられた処が田舎に点在していた。そこに海賊を引退した老人が滞在する。彼は度胸はすわっているにも関わらず、足の悪い男が現れるのをおそれている。

 結局彼は争いごとで命を落とすが、少年は彼の大事にしていた一枚の地図を手に入れる。それが宝島と宝のありかを示した地図だ。そのことを懇意にする医者に話し、医者は地主に話し、ついには宝島への船旅が計画される。

 この計画にはあらかじめ島での争いを予感させる種が十分にまかれている。つまり口が軽くて迂闊な地主と、慎重で思慮深いが非情にはなれない医者と、まだまだ未熟で後先考えずに行動してしまう少年が航海へと出かけるので、航海を主導する船員たちがどの程度信用がおけるかがまったく分からない。そこに二人の重要な人物がつけ加わる。

 この航海の無謀さを誰よりも自覚した上で、航海を成し遂げるために必要なことを冷静に進めて地主と時に対立する船長と、片足が悪くて老練な人生を生きてきたためか、人心を捉えることに長けたジョン・シルバー。地主も医者もその人柄を易々と信じてしまうが、僕ら読者には老人が恐れていた〈足の悪い男〉と符合するシルバーが極悪人の典型であることがはじめから知れている。航海に出る前からドキドキワクワクさせることを著者は読者に約束してるのだ。まさに映画や舞台にもってこいのお膳立てだ。

 しかも島に着いてから正体を現すシルバーは、反乱側の船乗りたちを掌握するだけでなく、地主や医者側にも巧みにとりいろうと様々な駆け引きを仕掛けてくる。誰がなんと言っても、この小説の主役の一人はシルバーに間違いない。彼の悪党らしい残忍さと悪党らしからぬ細心さが、その後の文学や映画などの海賊のイメージを決めたと言ってもいいのではないだろうか。海賊が時としてロマンティックな郷愁とともに語られるのは、悪党であって憎めない魅力的なキャラクターにある。現実の海賊にシルバーのような人間がいたかは定かではないが、少なくとも著者は当時の海賊の文献を参考に、見事な海賊像を作りあげた。

 そしてもう一人の主役が少年だ。語り手でもある少年は、父を宝島の航海の直前に亡くし、母を一人残して危険な宝探しへと出かける。その向こう見ずな性格は、その後の島でのシルバーたちとの争いの中で何度も勝手に島に上陸し、そのたびに味方を窮地に陥れることになりながら、結局はシルバーたちを追い詰め、味方をすんでのところで救う役目を果たす。その意味では、かなり都合よく少年に重要なシーンを一人で切り抜けさせているが、それは元々子供に読み聞かせて彼の想像を煽りたてては喜ばすストーリー構成だからだろう。

 特に二度目に勝手に要塞を抜け出して、海賊が操縦を放棄した帆船を一人で入り江に隠す場面などは、あり得ない事をなんとかやり遂げてしまう臨場感に満ちていて、子供でなくてもワクワクさせられることは間違いない。また、要塞に戻ってくるといつの間にか味方と敵が入れ替わっていて、敵が雑魚寝をしている渦中へ飛び込んでしまい、どうなることかとヒヤヒヤしていると、今度はシルバーが反乱側が生き残る見込みと、地主や船長側が宝を見つける見込みを天秤にかけて、少年と密かに密約をかわすという変幻自在なストーリーが待ち受けていて、最後の最後まで楽しませてくれる。

 こんなに読みやすい作家だったとはと感心してしまった。引き続いて同文庫の「新アラビア夜話」も読む事にした。どうやら「自殺クラブ」というタイトルで昔読んだ事がある話らしいが、やはり今読んだ方が新たな感慨が得られそうな予感がある。スティーヴンスンをこの歳まで取っておいたのは正解かもしれない。たとえ負け惜しみと言われようとも…。

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posted by アスラン at 03:49| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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