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2014年09月25日

2014年9月の新刊

遅ればせながら、ようやく8月の文庫新刊について記事を書き上げた。9月もすでに初旬を過ぎようと
している。中秋の名月も終わった。当日は見られず、翌日の冴えた夜空にのぼる「ほぼ満月、完全すぎる
スーパームーン」を見て満足した。さあ、この勢いで9月の新刊を書き上げよう。
いつものように、大洋社調べ。

09/04 翻訳ガール 千梨らく(宝島社文庫) 626
09/10 「思考」を育てる100の講義 森博嗣(だいわ文庫) 734
09/10 「私小説」を読む 蓮實重彦(講談社文芸文庫) 1836
09/10 小林カツ代の野菜のおかず大集合 小林カツ代(だいわ文庫) 648
09/11 チャタレー夫人の恋人 D・H・ロレンス(光文社古典新訳文庫) 未定
09/25 深泥丘奇談・続 綾辻行人(角川文庫) 648
09/25 預言 ダニエル・キイス(ダニエル・キイス文庫) 1296
09/27 ソロモンの偽証 第II部 決意(下) 宮部みゆき(新潮文庫) 810
09/27 ソロモンの偽証 第II部 決意(上) 宮部みゆき(新潮文庫) 853
09/27 にんじん ルナール(新潮文庫) 594
09/27 ポアンカレ予想を解いた数学者 ドナル・オシア(新潮文庫) 853
09/27 人生問題集 春日武彦(新潮文庫) 562
09/27 麦藁帽子 日本文学100年の名作(2)(仮) 池内紀(新潮文庫) 767


 最近、大手の書店で新刊の文庫を見ていると、3分の2ぐらいが僕と無関係の新刊だ。
従来からある時代小説とか、ハウツー本のたぐいとか、流行作家の書く小説とかも、一握りのお気に入りを除くと読まない。最近では、ラノベの出版数が尋常じゃないので、この分だと僕が年老いた頃には、平積みになる本の海から砂金のようにお気に入りを探す羽目になりそうだ。いや、そもそも、その頃には紙の本がじり貧という事もあるのかもしれないが…。

 千梨らく「翻訳ガール 」。いきなり、まったく見知らぬ著者の書く作品。どうやらラノベ調ではないかと思われる。なぜチョイスしたかというと、「翻訳」というキーワードに惹かれたからだ。主人公に翻訳家もしくは翻訳を目指す若い女性を据える事によって、どんな出来事が起きるのか。翻訳家らしいエピソードはどのように盛り込まれるのか。期待値が上がる。つい最近、書店で見たのだが、よく分からない。前作があるようで、ならばそこから読むのが妥当なのかもしれない。調べました。「翻訳会社『タナカ家』の災難」というのが前作のようだ。しかもこの前作も今回の作品も、宝島社文庫「日本ラブストーリー」大賞シリーズと銘打った中の一冊。ということは、千梨らくという作家は「日本ラブストーリー」大賞なるものを受賞したのだろうかと思って、さらにWikiで調べると、大賞ではなく「エンタテインメント特別賞」を受賞している模様(受賞作は「惚れ草」)。さて、どうしたものか。いや、初志貫徹。「翻訳会社『タナカ家』の災難」から、でお願いします。

 森博嗣「「思考」を育てる100の講義 」。著者のデビュー作になるのだろうか、「すべてがFになる」。1996年の講談社ノベルスだ。当時、本格ミステリーの新たなムーブメント真っ盛りで、北村薫や綾辻行人や宮部みゆきなど、僕が「発見」したと息巻いていた80年代の新人達が大きく育ち、次の面白い新人作家はいないかと思って、たまたま目に留まったのが「すべてがFになる」。理系の人間ならばすぐにピンとくるタイトルなので興味をもったのかもしれない。とにかくノベルスを買って読んでみたんだろうな。そして、その問題作の結末に?????を5つどころか、10個ぐらいつけて会社の同僚で同じようにミステリー好きの女性に読んでもらったら、やはり同じような感想。以後、多作で知られるベテラン作家に育ったのに、二冊目を読む事はなかった。でも、最近、ちょっとした事で、著者個人の考え方の方に関心を覚えた。個人的な問題を解く鍵があるかもしれないと、人づてに聞いたので、何を読むかを探っている。なにしろいっぱいあるので。とりあえず、出会いを悪くした「すべてがFになる」も再読しながら、エッセイの方も読んでみたい。

 蓮實重彦「「私小説」を読む 」。読んだ記憶はある。が、どうやら実にはならなかったようだ。藤枝静男の「欣求浄土」を取り上げていたような記憶があり、読もうとおもったが、これもまた読み果たしていない。どうやら、僕には小説をきちんと読み継いでいく根気が足りないようだ。なのに、こういった評論を何故読むのかとも思うのだが、やはり何事にもミーハーなしぐさから抜ける事はできない。AKBや特撮や、将棋や、折り紙や、宇宙や数学についての関心と同様に、文学や映画についてもミーハーなアプローチが必要不可欠なようだ。

 小林カツ代「小林カツ代の野菜のおかず大集合 」。小林カツ代さん、本当にお疲れ様でした。安らかにお眠りください。たぶん、僕の母親もNHKの料理本を買ったり、「今日の料理」とかで、カツ代さんのレシピを参考に食卓の献立を考えることもしばしばあったと思います。僕はというと、育ち盛りで、頭の中は、とんかつやすき焼きやカレーの事で夢中で、安くて手軽にできて「しかも美味しい」という工夫のメニューみたいなのには、あまり関心がなかったようにも思います。今、まさに母親にならって、息子の朝食やら弁当の中身に頭を悩ます主夫をやってみて、親の苦労を身に染みて感じています。文庫なので、美味しそうな料理の写真がないのがちょっと寂しいですが、非常に役に立ちそうな料理本です。

 D・H・ロレンス「チャタレー夫人の恋人 」。「言わずとしれた」と書きたいところだが、今や文学自体が滅びようとしているのに、かつては、その内容の猥褻さが裁判で争われて、出版社と翻訳した伊藤整とが実刑にとわれた作品だ。当時は猥褻だと指摘された部分を伏せ字にして再出版して、近年伏せ字を戻した完全版が出版されて今に至っている。でも、猥褻かどうかだけに興味をもったとしても、今や「公序良俗」の意味合いが1960年当時とかなり変わってしまっている。それよりもロレンスがこの作品を発表した1928年当時が、階級を超えた者どうしの恋愛、さらには不倫という事について、まだまだ今と違ってタブーだったという点が問われるべきだ。歴史的な意味は専門家に任せるとして、僕ら一読者の関心は、今人気の「昼顔」のような昼メロの原点が、ここにあるのでは?というところから入っていけばいいんじゃないだろうか。

 綾辻行人「深泥丘奇談・続 」。綾辻の本格ミステリーは出来るだけ読むようにしている。館シリーズも「暗黒館」以降は読んでいない。いや、「暗黒館」が長すぎて手を付けられずにいる。最近では、よい綾辻フォロワーではなくなりつつある。「アナザー」は読んだが、続編やスピンオフも手を付けていない。いや、そもそも綾辻のホラー小説は「殺人鬼」のような本格ミステリーとの掛け合わせでない限りは、熱心な読者にはなれないというのが正直なところだ。これも、怪談専門誌『幽』に連載されているシリーズのようだ。うーむ。先日も久々にテレビの謎解き番組の回答者として元気な姿を見せてくれたが、本格ミステリーの新作をひっさげて「すずらん本屋堂」にでもゲスト出演してくれないだろうか。

 ダニエル・キイス「預言 」。キイスさんが亡くなった。お弔い読書をするつもりだ。だが、やはりなんと言っても「『アルジャーノンに花束を』をもう一度読む」というのが僕にとってふさわしい気がするのだ。なにしろ、文庫の「アルジャーノン」が未読のまま、本棚のたくさんの蔵書の中に収まっているからだ。という話は、別の記事になんどか書いた。「24人のビリー・ミリガン」を会社近くの105円コーナーで見かけたら、いや、108円コーナーで見かけたら、そちらも入手するとして、さて、久々の新刊になるであろう「予言」とは一体どんな本だろう。「テロリストたちの狂気に満ちた暴力と洗脳。」とか「一人の女性の魂の苦境に9・11以後の狂い、壊れていく世界を映し出す、唯一無二の物語。 」などという惹句があらすじに書かれている。「アルジャーノン」以降、キイスさんはずいぶんと遙か遠くを歩いていってしまったようだ。もはや、「アルジャーノン」のように透き通るような気持ちで読む読後感は味わえないのだろうか。

 宮部みゆき「ソロモンの偽証 第II部 決意(上)(下) 」。「ソロモンの偽証」の単行本はいまだに図書館で借りる事はできず、第1部、第2部、第3部と物語は進んでいく。一体どんな物語を紡いでいるのか。それを文庫では上下2巻ずつで出版しているというのだから、第3部までで6巻も読み継がねばならない。
今こそ、文庫版の入荷をまって、図書館で予約してやろうと思い立ったのだが、川崎も立川も、一向に文庫を購入するそぶりをみせない。単行本を買いすぎて文庫に注力する予算がないという事だろうか。残念ながら、もう少し見て見ぬ振りをしておくしかなさそうだ。

 ルナール「にんじん 」。大昔に読んだ。中学生になってからというもの、それまでのジュブナイルを卒業して、近所の本屋でも、文庫棚をあさっては、中学生でも読めそうな名作のたぐいを買って読んでいた。とにかく、何を読めばいいのか分からず、一方で「面白い」というだけの基準では読書の意味がないときまじめに思い込み、割とつまらない本ばかり読んでいた。いや、幼い読者にとっては「つまらない」としか思えない本ばかりを読んでいた。なにしろ中学生になりたての少年少女に「老人と海」を読ませて何が面白いというのだろう。もちろん、今ならば読み返す度に、日々老いに近づく自分の身の上と照らしては思うところが増えていく読書が堪能できるだろう。さて、「にんじん」は今読むとどんな感想を持つのだろうか。

 ドナル・オシア「ポアンカレ予想を解いた数学者 」。ポアンカレ予想を証明した事件について書かれたノンフィクションには、すでに「ポアンカレ予想−世紀の謎を掛けた数学者、解き明かした数学者−」がある。著者はジョージ・G.スピーロ。先に「ケプラー予想−四百年の難問が解けるまで−」を書いている。科学ジャーナリストだそうだ。「ケプラー予想」はすでに購入してある。理由は訳者がサイモン・シンの著作すべてを翻訳している青木薫さんだからだ。ただし「ポアンカレ予想」の方は訳者4名、監修者2名という大変怪しげな翻訳なので、ちょっと信用がおけない。ただし、本書にも問題がないではない。著者ドナル・オシアさんは数学科の教授。そういう専門家が書いた本が一般向けに面白いかどうか。なかなか難しい選択だ。

 春日武彦「人生問題集 」。著者は精神科医にしてたくさんの著述をものしている。あいにくどの本のご厄介にはあずかっていないが、本の雑誌に連載中の吉野朔美のマンガにちょくちょく読書仲間として現れる。描かれる姿がトレンチコートに帽子といった、ハードボイルド小説に描かれる探偵のように、である。本書は、ただのお悩み相談本ではなく、人生問題について精神科医の春日さんと、歌人・穂村弘さんが考えていくという趣向らしい。なかなかに面白そうな取り合わせだ。

 池内紀「麦藁帽子 日本文学100年の名作(2)(仮) 」。ああ、また忘れていた。これから、ほぼ10ヶ月にわたって1冊ずつ出版されていくのではないかと思う。ならば、巻1を購入した僕としては、すでに読み終わってなければいけないというわけだ。新刊本の山の中からえり出しておかねば。もうまもなく巻の2が店頭にのぼる。

 以上、9月の新刊はこれで終了。でも、もう僕がフォローしなくても、すでにあれもこれも店頭の平積み本として手に取れるのだから、僕が紹介するまでもない事も確かだ。さあ、いよいよ読書の秋の開幕だ。
posted by アスラン at 15:04 | 東京 🌁 | Comment(0) | TrackBack(0) | あっ、これ読みたい | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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