過去ログ記事リスト

2014年04月10日

図説アルプスの少女ハイジー「ハイジ」でよみとく19世紀スイス ちばかおり/川島隆(2013/11/6読了)

 「アルプスの少女ハイジ」と言えば、僕が子どもの頃には「母をたずねて三千里」や「小公子」「フランダースの犬」などとともに、小学校の図書室に児童書がそろっていて、図書の時間に移動しては必ず一度は読んだはずだ。ところが今や、高畑・宮崎コンビが生み出したアニメでまっさきに出会う子どもが圧倒的ではないだろうか。大人になった自分自身が観ても、当時の少年少女の空想を掻き立てた物語が、アニメでも忠実に再現され、あのとき以上に情感豊かに描かれている事に感心してしまった。

 あとに残された興味は、ジュブナイルではなくて原作そのものがどのように描かれているかだったが、それも岩波文庫の「アルプスの小屋の娘」を読んで一通り満たされてしまった。原作では、より宗教色が強いことと、ハイジとペーター、そしてクララの関係が、アニメのような対等で心温まるものではなかった事に驚かされた。こんな話だっけ?そう、こんな話ではなかったはずだ、児童書では。ジュブナイルでは、いわば日本の子どもたちにとっておいしいところを選択してまとめられていたので、安心して読めたのではなかったか。

 原作はそうではない。未解決な問題として、フランクフルトで交流があった「お医者さま」をささえるハイジのその後の人生がどうなるのか。これは原作者自身が描かなかった。続編を書きたくなかったのかと思いきや、実は「ハイジ」自体、アルムの山での生活までが第一作だったと初めて知った。あまりに好評だったために「フランクフルトに連れていかれる話」を続編として書いたのだそうだ。そして第一作は女性作家への偏見を慮って匿名にしたが、続編からは正式に作家としてデビューした。しかし、続編も好評であったからには、第三話以降書き継いでもよかったのにと思わずにはいられない。

 この図説では、原作の名場面を紹介しながら、原作の舞台スイスの田舎町マイエンフェルト周辺と、作品を生みだした背景や当時の歴史を要約し、後半では原作者シュピリの人生について詳しく解説している。個人的にはシュピリその人についてはあまり関心がもてなかった。作品も日本ではハイジ以外は馴染みが薄く、やはりハイジの原作者という点をおさえておけば十分のような気がした。ただ、当初想像していた以上にシュピリはアルムの土地柄を現地に取材してから書いたので、登場する地名はすべて現実に存在していることに、作者の誠実さが感じられた。写真を見ると、いまでもハイジの世界が立ち上ってくるかのように感じられる。

 「ハイジの盗作疑惑」という話題のトピックにもちゃんと目配せしているところに、著者たちのハイジへの入れ込みようが伝わってくる。囲みのコラムには、例の「アデレード」のあらすじが引用されていて、一目瞭然、まったくハイジらしからぬ内容であることがわかる。どうやら盗作うんぬんは、読者の関心を煽った記者の勇み足ではないかと、著者たちは分析している。

 また、日本で翻訳されたハイジの書籍一覧や、アニメやTVドラマ、映画などもリストアップされていて、「ハイジ」の一級資料と言える。僕は岩波文庫版を読んで満足していたのだが、どうやら野上百合子訳は、著者が「敬意と批判をこめて」と言及しているように、今やベストな選択ではないようだ。岩波少年文庫の「ハイジ」には旧訳と新訳があり、そのどちらもオススメらしい。さっそく読んでみないと。
posted by アスラン at 19:13 | 東京 ☀ | Comment(1) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月09日

ディスカヴァー・トゥエンティワンの本はどこで買えるの?

「ダヴィンチ・コード」などのダン・ブラウンの作品の翻訳や、最近では角川文庫版のエラリー・クイーンの代表作の新訳を手がけている越前敏弥さんが、例の「日本人なら必ず誤訳する英文」の続編を出した。この本の隠れた愛読者たちの購買意欲を煽るかのように「越前敏弥の日本人なら必ず誤訳する英文 リベンジ編」などというタイトルが付けられている。越前さんのブログ「翻訳百景」を時々見に行くのは、エラリー・クイーンの国名シリーズの次の刊行はいつごろかを確かめるためだけれど、密かに英文和訳(翻訳)のテクニックを紹介してくれる新書を待ち望んでもいるからだ。

 昨年のブログで、秋か冬に出すみたいな事を書かれていて、書店の新書コーナーは必ずなめるようにウォッチしていた。それがようやくブログでも「ディスカヴァーから『日本人なら必ず誤訳する英文・リベンジ編』が刊行されました。きょうあたりから書店に並んでいると思います。」という越前さんの紹介記事が載ったので、さっそく会社帰りに書店に立ち寄ったけれど見つからず。その後いろんな書店で探したのだけれど、売られていない。

 いや、もっと重大な事に気づかされたのは、越前さんの新書レーベルである「ディスカヴァー携書」自体が一冊も置かれていないという事実だ。地元の立川のオリオン書房で見つからなかったのは、単に新書をおくスペースが限られているからだと思っていたけれど、武蔵小杉にある有隣堂にもなく、ましてや北野書店にもない。いっその事、ここしかないだろうと、川崎ラゾーナの丸善で探してみたが、やはりない。こうなってくると、ちょっとおかしいぞ。この丸善の広大なスペースに新書の書棚も桁外れにたっぷりととられているというのに、ディスカヴァー携書が一冊もないなんて。

このレーベルはディスカヴァー・トゥエンティワンという会社が出版元だ。女性が社長だというのも、つい最近知ったばかりだ。というのも越前さんと女社長が対談をしている記事がネットで見つかったからだ。さっそくサイトに行ってみるが、あまり情報がない。どちらかというと読者(購買層)向けのサイトではなくて、出版しませんかみたいな、顧客向けのサイトのようだ。そうはいっても少ないながらの情報をかき集めると、どうやらこの出版社の本は直販なんだそうだ。全国に何件あるかわからないし、東京近郊でも何件あるのか分からないが、直接本屋一つ一つと営業交渉して、置いてもらう。例の「本の雑誌」でおなじみの手法だ。

 でも、本の雑誌はメジャー化したのか、最近では近在の大手書店ならば必ず置いてある。見つからないなどという事はありえない。でも「ディスカバー携書」」はどこにもないんだよね。会社の同僚は「さっさと会社に電話して、どこに置いてあるか聞けば」という言う。そりゃ、そうなんだけど、そこまでして買いたいかというと、「買いたいには買いたい」んだけど、優先事項ではない。もうちょっと待ってみれば、もしかしたら近在の書店でも取り扱いするしれないし、なんて甘いことを考えてる。

 僕自身は越前さんの以前の新書は、行きつけの地元図書館で2冊とも見つけて読んだ。読んだら欲しくなって、ブックオフの新書コーナーをかならずチェックするようになった。これまた本の数が少ないのだけれど、見つかる時は見つかる。でも以外と高い。500円出すのはちょっとなぁ。などと言って「日本人なら必ず誤訳する英文」はさすがに買ったけれど、「越前敏弥の日本人なら必ず悪訳する英文」の方は500円では買う気になれず、買い控えているうちに最近では見つからなくなった。

さて来週は行きつけの病院の通院日で、そのときには神保町界隈をぶらつくのがお約束になっている。さすがに神保町では直販店が見つかるんじゃないかと期待している。それまでには電話で問い合わせしておこう。それまではせっかく「リベンジ編」を謳っているのだから、前作「日本人なら必ず誤訳する英文」を再読しておくのがいいかもしれない。
posted by アスラン at 00:29 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 評論・エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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